HEROの○○な日記
 
天剣絶倒
 


毘沙門天

日本においては四天王の1体としての多聞天像、独尊像としてのの毘沙門天像ともに多くの作例がある。安置形態としては、毘沙門天を中尊とし、吉祥天(毘沙門天の妃または妹とされる)と善膩師童子(ぜんにしどうじ)を脇侍とする三尊形式の像(京都・鞍馬寺、高知・雪蹊寺など)、毘沙門天と吉祥天を一対で安置するもの(奈良・法隆寺金堂像など)、毘沙門天と不動明王を一対として安置するもの(高野山金剛峯寺像など)がある。天台系の寺院では、千手観音を中尊として両脇に毘沙門天・不動明王を安置することも多い(滋賀・明王院像、京都・峰定寺像など)。

像容は甲冑を着け、片手に宝棒、あるいは三叉戟、片手には小さな宝塔(仏舎利を収める器)を持ち、邪鬼を踏む姿で表現されるのが一般的である。ただし、中には宝塔を持たず、片手を腰に当て、片手に三叉戟を持つ姿の像もある(京都・三室戸寺像など)。

なお宝塔を携えていることから托塔天王とも呼ばれる。すなわちナタ太子の父として描かれる西遊記の托塔李天王、封神演義の李靖は多聞天(=毘沙門天)を表している(軍神と称えられた、初唐期の李靖崇敬が習合したものである)。

上杉謙信「毘沙門天よ、我に力を」 (ノ゜∇゜)ノ



2月22日(水)22:05 | トラックバック(0) | コメント(0) | (゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚) | 管理

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